紫川の歴史:縄文時代
大昔のむらさき川って、どんな川だったんだろう?
長い歴史の中で、むらさき川はそのかたちをさまざまに変えて
人々のくらしにかかわってきたんだ。
ここでは、現在でも北九州市の中心地である河口域の歴史を紹介するよ。
■縄文時代(約6000年前)■
今の小倉市街地は、ほとんど海の中だったんだ!
1万年前からだんだん暖かくなり、縄文時代には現代より平均気温が約2℃ほど高くなりました。それにともない、海面も上昇し、現在の河口域はすべて海であったと考えられています。その後、気温の低下による海岸線の後退や川の沖積作用などにより、現在の河口域の原形ができあがっていきました。
▲縄文時代と現在の海岸線の比較
縄文時代(約6000年前)の海面は、現在の海面より
約5m高かったという考えのもと描いています。
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